開店までの道のり #2

書店員になりました

 

大学院に進学予定だった私は、就活というものをしておりませんでした。
しかし、部活動の件でもうスポーツに関わることをやめた私は、その進学もやめることにしました。
その決断をしたのは、2017年8月のこと。
時期が時期ですので、新卒の採用はほとんどの企業が締め切っていました。
将来なんの仕事をするか。
そう考えたときに、パッと思い浮かんだのは、出版社に勤めて漫画の編集をやりたい、ということでした。
早速私は偉大なグーグル大先生に「編集者になるには」と聞いてみましたが、

「経験者優遇、今の出版業界に新しく人材を育てる余裕はあまりない」

との返答が返ってきました。
じゃあその経験はどこで積めばええんじゃ、あん?と思ったりもしましたが、とにかく行動しようということで、ネットで編集アルバイトの募集を見つけいくつか応募してみました。
書類選考の時点で通りませんでした。しくしく。
もっと業界について勉強しよう、ついでに漫画も買おうと近所の本屋に行ったのですが、偶然にもそこでアルバイトの募集をしていることを知りました。
本屋から始めてみるのもいいかもしれない。出版社に就職した新入社員は、まず書店で研修するところもあると聞いたことあるし。
そう考えた私は、その本屋での面接にこぎつけ、無事合格しました。
ここに、あまり本を読んだことはないけど興味はある、かなり適当な書店員が誕生したわけです。

2017年9月のことでした。

 

 

またもや華麗に方向転換

 

書店員となってからどれくらい経った頃でしょうか。
今後の身の振り方について考えていた頃なので、おそらく大学卒業前後の2018年3月~4月くらいのことだと思います。
出版社勤めに憧れて、その準備として書店員になった私でしたが、ここにきて元々の意欲は風前の灯火でした。
つまり、編集者になりたい欲が消えました。
理由としては、書店員の仕事が楽しかったのと、もし出版社に就職できたとしても、そこでやっていける気がしなかったのです。
本屋は、いわば出版業界の最前線です。
出版社の編集者、営業、校閲者、印刷会社、イラストレーター、デザイナー、装幀家、そして著者の、すべての協力があって本が作られ、その作品が取次さんを通し、運送業者の手で運ばれてくる、最前線。
本が売られるその瞬間が目の前で見られるというのは、結構楽しいです。
それに、当たり前ですが、本がたくさんあります。
勤務中に読みたい本を見つけてしまうと、発掘できた喜びを感じ、まだ読んでない面白い本がたくさんあるのか、と苛まれます。
もし運良く編集者になれたとしても、おそらく関われる本は多くて年に10冊ほど。
それならば、出版されている本ならほぼ際限なく触れられる書店員の方が、性に合っている気がしました。
本を作りたいのか、それとも本を売りたいのか。
考えてみて、私はきっと後者だろうと思いました。
これからは、書店員として生きていこう。
そう決めた私でしたが、問題点が2つほどありました。
ひとつは、給与の点です。
さすがにこのままアルバイトとして過ごすわけにはいかないので、どこかの大手チェーン店の正社員を目指そうと思ったのですが、なんと大手でも書店員の給与はとんでもなく低かったのです。
そのお値段、年収300万前後。
人によっては普通と思われるかもしれませんが、私は低いと感じました。
出世すれば、あといくらかは頂けるかもしれません。
ですが、これが問題点のふたつめ。
上司に相談したのですが、その上司いわく、書店経験者が正社員になれば、即どこかの店舗の副店長あるいは店長を任される可能性が高いというのです。
そうなってしまうと、間違いなく様々な業務に追われ棚がいじれません。
もっと経験値のある方なら両立できそうですが、私にはとてもできそうにありませんでした。
もしくは栄転ですが、本部勤務になってしまえば本屋でありながら本屋とは遠い仕事をすることになるでしょう。
頑張れば頑張るほど、本から離れていくというのです。
売り場から離れるのは絶対に嫌でした。
では、どうすればいいのか。
そろそろ方針を決めないと両親の視線も痛い。
「あなた、私たちが生きている間はいいけれど、私たちいつか死ぬよ?」と。
分かっております母上。
今のお給料ではとても生きていけないし、でも楽しくない仕事をするのも嫌なんです。
そして私は、こんな考えにたどりつきます。

「そうだ、本屋をやろう」

 

 

絶対に自分の店を持つ、と決心した出来事

 

「そうだ、京都行こう」のノリで本屋を営むことを発案した私ですが、業界人からみれば「ばかなの?」の一言だと思います。
なぜならこの商売、とてつもなく儲からないからです。
そして素人が手を出すにはあまりにも危険すぎる業種です。
理由は追々お話しするとして、時は2018年5月、自分のお店持ちたいなぁとぽやぽや考えていた私の元に、1冊の本が届きました。
正確に言えば、1束のゲラが届きました。
ゲラというのは本になる前の原稿で、それなりに校正が終わったものです。
紙の束で届くものもあれば、本の形でくるプルーフというものも届きます。
なぜ、いち書店員が発売前の本が読めるのかというと、それはちゃんと出版社側にもメリットがあるのです。
ゲラを読んだ書店員が感想を送り、そして何冊欲しいか、注文書も送ります。
書店員の感想は本の宣伝に使われることもありますし、出版社は多く注文を入れてくれた書店に拡材や著者のサインを送るなど、一種のマーケティングでもあるのです。
今回届いたのは、黒澤いづみさんの「人間に向いてない」というもの。
講談社主催のメフィスト賞を受賞され、この本がデビュー作となる、新人作家さんです。
読みました。
すごく良かったです。
変異性症候群という病が蔓延した世界である、という設定以外は、リアルのこの世界そのもの。
その変異性症候群というのは、ニートや引きこもりの、いわゆる社会的弱者の若者が、突如として「人間ではない、けれども人間であるなにか」に変異してしまう病気です。
スポットライトの浴びている家庭では、引きこもりの息子が虫になってしまいます。
中型犬くらいの大きさの、芋虫のようで、人間の指が体から生えているという、なんとも奇怪な姿。
母親は息子を今まで通り育てようとしますが、父親は息子を「処分」しようとします。
この世界では、変異性症候群を発症した者は「人間としての資格を剥奪する」と法で定められているため、たとえ「処分」したとしても責任を問われることはありません。
カフカの「変身」のようで、SFで、家族小説。
昨今、様々な育児書が出版されていますが、これほど「家族」や「子育て」、「人間関係」について問題提起し、大事なことを考えられる本はあるのでしょうか。
正直に言いますと、私の勤めている店舗の客層から考えればこの本は売れないと思いました。
純文学のジャンルはあまり売れない上に、デビュー作家には風当たりが強いお店でした。
しかし、どうしても売りたいと思い、多めに発注をかけたのです。
書店員の多くは「担当」と呼ばれる売り場を持っています。
お店によっては社員さんが管理しているところもあるかもしれませんが、私が勤めていたところはアルバイトが棚・商品を管理していました。
当時の私の担当は文庫。
「人間に向いてない」は単行本でしたので、担当外の商品でした。
担当のものでしたらある程度自由にできるのですが、担当外だとそういうわけにもいかず、POPだけ書いて担当さんに「入荷したらこのあたりに置いてください」とお願いしました。
担当外なのにあまりでしゃばるのもよくないと思ったのです。
「人間に向いてない」が入荷し、1週間が経った頃。
どれくらい減っているか見に行こうと思い足を運ぶと、そこには違う本がありました。
売れたのではありません。
売れないと判断され、売り場から下げられてしまったのです。
急いでバックルームへと戻ってみると、返本、つまり出版社へ返品する荷物の中に、「人間に向いてない」がたくさん詰まっていました。
私の作ったPOPやディスプレイも、ゴミ箱に捨てられていました。
ひどい、と思った方もいるかもしれません。
でも、担当さんは何も悪くありません。
売れないものに売り場のスペースをとっていても、しょうがないのです。
大型書店は数字の世界です。
担当さんは「人間に向いてない」を読んでいませんでしたから、数字に基づいて処理をしただけ。
ただただ、悔しかった。
とても良い本なのに、私の売る努力が足りなかったせいで、多くの人に届けられなかった。
もし、担当なんてくくりがなかったら、どうなっていただろう。
もし、この本たちが全部、私の管理下で、私が全力でオススメできるとしたら。
私の本屋ができたなら。
一度考えだしたら、その妄想は止まりませんでした。
この出来事をキッカケに、本屋を「出来たらいいな」なんてふわふわした考えが、「絶対にやる、今すぐにでも」という野望に変わったのです。
「ギリギリでいつも生きていたいから」を信条にしている私は、そんな自分のことをよくわかっているので、その日から自分を追い詰めるために「本屋をやります」とまわりに公言するようになりました。
外堀から埋めて、やらざるを得なくなるという作戦です。
この文章を公開することも作戦のひとつです。
私よ、みなさんから「あくしろよ」と尻を叩いてもらうのだ。