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キングダム【番吾の戦い】史実との違いは?李牧は秦を撃破したその後をネタバレ解説します!

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キングダムもう一度、読み返し中でございます…。

李牧に敗れていく将軍達が死んでしまうとこは何度読んでも泣きそうです…

さてさて、本題に入りましょう!

突然ですが…「番吾(ばんご)の戦い」ってご存知でしょうか?

史実に詳しい方だとこの戦いで、

秦軍がどうなるかはご存じだと思います。
(タイトルの通り撃破されます)

私もこの記事を書くにあたって調べると…ショックを受けました。

李牧の強さを改めて知る戦いとなります…!
そして、この戦い以降も李牧の快進撃は続きます。

それとも…史実との違いが出てくるのでしょうか?

史実を知らない方も、安心してください!

キングダム【番吾の戦い】史実との違いは?李牧は秦を撃破したその後をネタバレ解説します!」と題しまして、ネタバレ解説していきます♪

 

キングダム【番吾の戦い】史実との違いは?

キングダムは史実をもとに作られている作品であることはご存知ですよね?

しかし、フィクション作品なので原先生の脚色も入ってます、

つまり、史実とは異なる部分もある

ということです。

例えば…

飛信隊の軍師・河了貂(かりょうてん)

実は、史実には存在しないんです。
しかし、河了貂がいることで物語は何倍も面白くなりましたよね♪

王騎は史実ではほとんど描かれていません。
しかし、あそこまで王騎の「死」というものが感動ものになったのは原先生の凄さなのです!!

このように、ストーリーの潤滑油として原先生の脚色が入ることがあります。

番吾の戦いでも、史実との違いが出るのでしょうか?

さっそく、見ていきましょう!

 

史実の番吾の戦いとは?

そもそも「番吾(ばんご)の戦い」って

という方に向けて、「史実」で説明していきます。

  •  紀元前232年、秦王政は兵を大挙し、趙に侵攻した。
  • 軍は鄴城に到着し、その後太原に到着した。秦軍は狼孟と番吾を占領したが、李牧が秦軍を撃破した。
  • さらに李牧は秦から韓・魏の国境まで領土を奪還した。

詳細な情報

  •  戦争:秦の統一戦争
  • 年月日:紀元前232年
  • 場所:狼孟・番吾
  • 結果:秦の大敗、撤退
  • 交戦勢力 :秦VS趙
  • 指導者・指揮官 :不明(秦)VS李牧(趙)
  • 戦力:約30万人(秦)VS 20万人未満(趙)
  • 損害:10万人以上(秦) VS 数万人(趙)

いかがだったでしょうか?

損害の差をみると、趙軍が圧勝しているのが分かりますね。

李牧がどんなに強いかが分かる一戦になりそうです…

・・・・・

次では、さらに詳しく史実との違いがどうなるのかを説明していきます…

 

キングダム番吾の戦い史実との違いは?

みなさん!

「番吾の戦い」がどんなものか分かったでしょうか?

簡単に要約すると、史実では「李牧に秦軍が完敗する戦い」ですね…(泣)

ここで気になるのは、

史実との違いがどこで出るのか?

しかし、秦軍が李牧に完敗するのは確実だと考えられます。

じゃあどこが史実と違ってくるのか…?

それは、「誰が秦の将軍か?」です…。

ここまで李牧に大敗する秦の将軍…とは。

史実では誰が秦の将軍か明らかになっていません。

史実との違いが出るとしてらココだと考えられます!

どの将軍のせいで大敗することになるのでしょうか?

気になりますよね…!

次で考察していきます。

 

キングダム【番吾の戦い】李牧は秦を撃破したその後をネタバレ解説します!


「番吾の戦い」がどの様なものか、史実との違い、

お分かりいただけたでしょうか?

という訳で次は、

李牧に完敗した秦軍の将軍は誰だったのかを考察していきます!

いったい誰だったのでしょうか?

また、

李牧が秦軍を破った後の快進撃…!!

についてもネタバレ解説していこうと思います…。

 

李牧に撃破される武将とは?

ここでは、番吾の戦いで秦軍の将軍は誰だったのかを考察していきます。

まず大将軍の誰かではないか考えました。

秦軍の大将軍をまとめてみると…

蒙武(もうぶ)、騰(とう)、王翦(おうせん)、桓騎(かんき)、楊端和(ようたんわ)
この5人です。

消去法で見ていくと…

桓騎はこの前の戦いで、敗れることから選択肢から消えます。

王翦はこの後の戦いで、将軍を担うことから選択肢から消える…。

騰もこの後の韓攻略の際、将軍を務めることから選択肢から消します。

残るは蒙武と楊端和…。

私が考えたのは「蒙武将軍」です‼︎

理由として、蒙武は史実とキングダムのギャプがありすぎるからです。

キングダムでは「中華最強の男」として描かれていますが…
史実では、あくまでも王翦の副将です。

「中華最強」というイメージは全くありません。

もう一つは、李牧に因縁がある…からです。

蒙武は王騎を失った際、自分のせいだと語っていました。

王騎への敵討ちとして、李牧を倒したいと強く思っている筈です。

合従軍の戦いの時、最後まで李牧軍を追ったのは蒙武ですからね…。

これは全て「番吾の戦い」で敗れるための伏線ではないでしょうか?
原先生が蒙武という人間の死に、読者が感動できるようにしていたと考察しました。

蒙武の「武の力」が李牧の「知の力」に完敗するのかもしれません。

 

李牧の秦を撃破したその後の流れとは?

ここでは李牧が秦を撃破したその後の流れを史実をもとに紹介していきます。

史実ではこの戦いの後…

李牧は秦から韓・魏の国境まで領土を奪還した。

という記実があります。

これはエグいですね…

今までの戦いがすべて無駄になった、と言っても過言ではありません。

李牧の流れを見ていこうと思います。

李牧は番吾を奪い取った後…

鄴を奪還するでしょう。

そしてその後、列尾(れっぴ)も奪還すると考えられます。

この時は秦軍が抵抗するのかは、史実では明らかになっておりません。

しかし、黙って侵略を見逃すでしょうか?

何らかの抵抗をするも、李牧に惨敗すると考えます。

李牧、恐るべし…

こんな李牧をどうやって倒すのでしょうか?

それは、番吾の戦いの次の戦です…。

 

まとめ

ご覧いただき、ありがとうございました。

キングダムは「番吾の戦い」がこの後に待ち受けています。

秦軍ファンからすると心が痛くなる編となりそうです…

番吾の城で、李牧との戦いに入ります!

秦軍が撃破された、その後の流れをネタバレ解説、そして史実との違いを説明しました。

秦軍ファンのみなさん、すみませんでした…

しかし、覚悟はできたのではないでしょうか?

李牧、強すぎ〜ってなりますよね。

以上、「キングダム【番吾の戦い】史実との違いは?李牧は秦を撃破したその後をネタバレ解説します!」でした。

最後までご覧いただきありがとうございました♪