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キングダム【影丘の戦い】史実と最後は?地形攻略に王賁大苦戦?

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古代中国春秋戦国時代の史実を元に描かれている『キングダム』!

嬴政が新たな六代将軍の誕生を発表するなど、話はますます盛り上がりを見せています。

そこで今回は、邯鄲攻略の中でも影丘の戦いに注目

桓騎軍左翼が壊滅状態になってしまった影丘攻略!

玉鳳軍も壊滅状態となり、攻略は不可能かと思われる中、王賁が飛信隊に影丘における地形攻略の糸口を伝えました。

そんな影丘の戦いを、平陽の戦いの史実を元に紹介していきます。

また史実では、どのような最後を迎えたのかもみていきましょう!

ここから、キングダムでの影丘の戦いの最後も考察していきます。

可了貂曰く、影丘は絶対に攻めてはいけない地とのこと。

今回は影丘の戦いと王賁が苦戦した地形攻略をメインに紹介していきます。

ぜひ、最後までお楽しみください(^^)

 

キングダム【影丘の戦い】史実と最後は?

では早速、影丘の戦いについてみていきましょう!

影丘の戦いの動向を簡単に紹介していきます。

また、史実ではどのように記されているのか、その最後も見ていきましょう

キングダムでの最後も少し考察していきたいと思います(^^)

影丘の戦い気になる!

 

キングダム影丘の戦いとは?

まず、影丘の戦いに至るまでの経緯から順を追ってみていきます。

嬴政は、始皇13年の年明けに秦国のさらなる武力強化のため、六代将軍を復活させたのです。

その後、趙国の邯鄲攻略を開始!

桓騎軍・王翦軍・楊端和軍がそれぞれに趙軍を攻めていきます。

ここで第5将となった桓騎は、これまでにない激しさで侵略を続けていくのです!

それぞれの将軍が戦いを進めていくのですが、なんと桓騎軍が他の軍を置いてどんどん先に攻めていきました。

侵略を進めていく桓騎軍は、影丘という地に遭遇。

ここから影丘の戦いが開始!

位置としては、桓騎軍の左翼部分になります。

桓騎軍左翼が、影丘攻略に向かいますが、なんと壊滅状態になってしまうのです…。

そのため桓騎は、王賁率いる玉鳳軍を影丘に向かわせました。

しかし、ここでも玉鳳軍は壊滅状態になってしまうのです…。

桓騎の命により、飛信隊も影丘に向かうことに。

予定よりも半日早く、影丘の地に着いた李信たちは、地獄のような情景を見ることになります。

そこには、死んだ兵の処理をする趙兵の姿がありました。

玉鳳軍は全滅したかに思われたのですが、李信は驚異的な視力で、玉鳳軍の僅かな生き残りを見つけるのです。

李信は、危機的状況にあった王賁を見つけ、助けに向かいます。

しかし趙軍の壁が厚く、助けに行くことができません…。

ここで羌礼のファインプレイにより、王賁と僅かな玉鳳軍の生き残りを助けることに成功しました。

一旦、軍を引かせた飛信隊。

可了貂は、影丘攻略の作戦を立てていきます。

ここで立っているのがやっとの王賁が、影丘の現状を飛信隊に話し、影丘攻略の糸口を伝えました。

飛信隊は、覚悟を決めて影丘攻略に向かうのです!

なんとも悲惨な現状だね…。

 

史実と最後について紹介!

キングダムにおける影丘の戦いは、かなり苦戦を強いられているようです…。

意識不明の状態から救出された王賁も、影丘攻略の糸口を飛信隊に伝え、後に託します。

では今後の展開を、史実を元にみていきましょう!

平陽の戦いは、司馬遷が書いた史記に記されています。

史実は簡略的な記述しかないため、影丘の戦いの最後は不明となっているのです。

しかし、戦いの最後は勝利となっているため、影丘も攻略できたと考えます。

ここでは、桓騎が扈輒(こちょう)に勝利すると記されていました。

桓騎は、この時趙兵を10万人も斬ったとのこと…(・・;)

凄すぎますね。

キングダムの影丘の戦いも、飛信隊が攻略する展開となりそうですね!

桓騎凄すぎる!

 

【影丘の戦い】地形攻略に王賁大苦戦?

趙王都・邯鄲攻略のために動いている秦国!

しかし、影丘攻略のために向かった桓騎軍左翼は壊滅状態に…。

王賁率いる玉鳳軍が、影丘攻略に向かうのですが、こちらも大苦戦!

その理由を、影丘の地形とともにみていきましょう!

詳しく知りたい!

 

影丘はどんな地形なのか?

可了貂が、絶対に攻めてはいけない場所と言っている影丘。

一体、どのような地形なのでしょうか?

影丘の地形は、断崖の地形です。

断崖を迂回するにも、周囲は山に囲まれているため、万の軍が進むことができません。

右が崖になっており、中央になるにつれて比較的緩やかな傾斜になっています。

そして、左の傾斜からさらに左に行くとまた急斜(崖)が出てくるという地形。

まさに、天然の砦

趙軍は、崖の上に陣を組んでいる状態。

傾斜が緩やかな場所があることから、攻め入る隙はありそうと考えるかもしれません。

しかし、ここには敵陣もしっかり対策をとっていました。

次に、桓騎軍左翼や玉鳳軍が壊滅状態になった理由を紹介していきます!

すごい地形なんだね…。

 

王賁が地形攻略に大苦戦!

正直、桓騎軍左翼が壊滅状態になったにも関わらず、影丘を攻めるのは無謀と言ってもいいでしょう。

王賁は、桓騎軍参謀・摩論に援軍を要求しますが、却下されてしまいます。

単独で、影丘攻略に向かうことになりました。

まずなぜ、ここまで影丘攻略に執着しているかというと、ここを落とすことができれば、中央と右翼に後ろから攻め入ることが可能になるからです。

挟み撃ちができれば、より勝利への確率が上がります。

王賁は、影丘攻略のために緩やかな斜面から攻め入りました。

しかし、斜面を登ったところには敵の“狩り場”が設けられていたのです。

入ってきた敵を一網打尽にできるように、陣を固めていました。

影丘の攻め入れる場所は、ほとんど“狩り場”が設けられているため、玉鳳軍も壊滅状態となってしまったのです。

しかも桓騎軍は、他の秦軍よりも前に進んでいたので、趙軍も敵の侵略を防ぐために陣を厚くしていました。

王賁も李信が見つけた時には、意識不明の危機的状態。

羌礼によって、助けられたものの再び戦場に出ることはできないでしょう。

上記でもお話した影丘の天然の砦という険しい地形が、王賁率いる玉鳳軍を大苦戦させたのです。

玉鳳軍…王賁生きててよかった…。

 

まとめ

今回は、キングダム影丘の戦いについてみていきました!

いかがでしたでしょうか?(^^)

史実は、影丘の戦いのメインとなった平陽の戦いについて書かれていました。

最後は、桓騎が扈輒に勝利し、趙兵10万人を斬ったとのこと。

キングダムでも桓騎は、残忍なほどに強い存在ですが、史実でもそのようですね。

また、影丘の地形についてもみていきましたが、天然の砦というだけあって、秦軍が苦戦するのも分かりしたね(^◇^;)

王賁率いる玉鳳軍は、単独での影丘攻略に失敗。

しかし、飛信隊のために必死で影丘の地形攻略を伝えた王賁。

カッコ良すぎでした!

影丘の戦いは飛信隊に託され、李信は覚悟を決めて攻略にいきます!

どのような結果になるのか、最後まで見届けたいですね!