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キングダム王翦が廉頗戦で築城した理由!負けないために蒙豪を犠牲にした?

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キングダムに登場する多くの将軍の中でも、謎の多い存在といえば王翦

負けない戦いしかしない」という王翦は、山陽での廉頗との戦いで初登場しました。

その廉頗との戦いで、王翦が取った策が築城!

しかし、山陽戦で王翦が築城する必要はあったのでしょうか?

むしろその策のせいで蒙豪は廉頗ら敵軍に背を取られ、左腕を犠牲にしたとも言えますよね。

そこでこの記事では、キングダム・王翦が廉頗との戦いで築城した理由について考察!

果たしてその理由は、自分が負けないためだったのでしょうか?

自らの将でもある蒙豪を犠牲にしたともとれる王翦の策。

徹底考察していきましょう!

 

キングダム王翦が廉頗戦で築城した理由!

長いキングダムの物語においても、序盤にあたる山陽攻防戦

元趙三大天・廉頗と、「城取り名人・白老」の異名で知られる秦将蒙豪が、魏の要所・山陽をめぐって戦いました。

そして蒙豪の副将として登場したのが、現在秦の六大将軍の1人、王翦!

この山陽戦の途中、廉頗と相対した王翦がとったのが「築城」という策でしたね。

王翦がこの策を選択した理由について、山陽戦の戦略的な見方から解説していきたいと思います。

 

キングダム王翦・廉頗戦で築城!

山陽戦で王翦が任されていたのは、左軍として相対した魏・姜燕(きょうえん)軍が中央軍に流れないよう食い止めること!

当初、姜燕軍に押されているように見えた王翦の軍でしたが、実はそれも王翦が姜燕を追い詰めるために取った策の1つでした。

王翦は「囲地」と呼ばれる攻めに優位な地形と、千人将・壁(へき)を囮として利用します。

知らぬ間に囮にされた壁は、姜燕に背後を取られ大ピンチに陥りますが、その姜燕の背後から王翦の伏軍が現れるという怒涛の展開!

これで姜燕軍は万事休すかと思われます。

しかし、王翦軍のさらに背後から現れたのが、廉頗らの軍!

廉頗はこの王翦の策を読んでいたのでした

姜燕・廉頗軍と壁・王翦軍で、両軍の数はほぼ互角に。

今からまさに両軍の力と力のぶつかり合いが始まる…とその場にいた誰もが思います。

しかし、その展開で王翦が命じたのはなんと全軍退却!

魏軍だけでなく味方の秦軍もが肩透かしをくらう中、王翦軍は山中へ。

逃げる秦軍の背を討ちながら、廉頗と姜燕は王翦を追いかけます。

そして廉頗らが追いついた先で目にしたのが、岩壁を利用して既に立派に築かれた天然の城だったのでした。

この築城という策は、後に秦軍にとって非常に大きな役割を果たすことになります。

 

王翦が築城した理由とは?

山中に築いた天然の城に籠城した王翦軍。

戦略的に考えると、軍の力を残したまま、状況に応じて突撃できる遊軍を作ったのです!

そもそも予め築城していたのも、廉頗が「囲地」での戦いに参戦してくると王翦が読んでいたからだと見られます。

攻城戦を想定していない姜燕ら魏軍は、籠城する王翦を討ち取ることはこれで実質不可能に。

元々、王翦の役目といえば姜燕軍を中央軍に合流させないことでしたね!

籠城した王翦軍から姜燕軍は目を離せなくなったので、足止めという役目は果たしていると言えます。

また、その前の「囲地」での戦いでも敵と戦っていない王翦軍は、全軍ほぼ無傷のまま。

王翦軍は犠牲も少なく、だいぶ余力を残しています

遊軍となった廉頗らは秦軍の本陣を追い詰めるものの、それより先に魏軍本陣が陥落。

廉頗がそこから魏軍の立て直しを図ろうとしても、ここまで無傷の王翦の軍が自由にその背を討ちに出られます。

結果、魏軍の全滅があり得ると考えた廉頗は「この戦は詰んでいる」として負けを認めることになりました。

合従軍の戦いでも、相対した燕将軍・オルドが「廉頗の敗因は王翦の存在」と語っています。

王翦がここまでの展開を見越して築城していたのだとすれば、戦が始まる前から王翦は秦軍勝利への筋道を立てていたということになりますね!

 

キングダム王翦は負けないために蒙豪を犠牲にした?

最終的な秦軍の勝利に大きく貢献したとされる王翦の築城という策。

しかし、結果論でもあると思いませんか?

王翦が「囲地」で廉頗と戦わず、籠城したことによる弊害ももちろんありましたよね。

ここからは、戦略的な結果は別にして、王翦が築城した理由について彼の考えを考察!

廉頗の王翦に対する評価の内容も、合わせて見ていきたいと思います!

 

キングダム王翦は蒙豪を犠牲にした?

この築城という策は、蒙豪を犠牲にすることが前提だったと考えられます。

王翦が廉頗と戦わず、山中の城に籠城したことにより、姜燕は足止めできましたが廉頗軍は遊軍に。

結果、廉頗が秦軍総大将・蒙豪の背後をとる非常事態になってしまいました。

戦況が先まで読めている王翦ならば、自分が籠城することで蒙豪を危険に晒すということは分かっていたはずです。

蒙豪が総大将なら蒙豪を守らなければならないのでは?!

また、蒙豪を狙っていた中央軍の将軍・輪虎(りんこ)を信が討ち取ったため、魏の中央軍は瓦解。

しかし、もし信ら中央軍が輪虎に負けていれば、蒙豪は背後の廉頗と正面の輪虎に挟み撃ちされていたことになります!

中央軍の力を余程信じていたとも取れますが、王翦自身あまり他者を信頼する人柄では無さそう。

廉頗が蒙豪の方を向いたからこそ、王翦は軍を万全な状態のまま待機できたと言えます。

このことからも、王翦の築城は自分の将である蒙豪を犠牲もしくは囮にするような策だったということになりますね。

 

理由は自分が負けないため?

では、そんな策を選んだ理由は何だったのでしょうか?

1つ理由として考えられるのは、王翦自身が負けないためだったということ。

「囲地」で廉頗と相対した王翦が言っていたように、王翦は絶対に勝つ戦以外興味はなく、負ける戦はしません。

廉頗軍・姜燕軍と同数で戦い合うことは、王翦にとっては絶対に勝てる戦ではなかったということですね。

もし直接戦った場合、力で廉頗に負けるであろう王翦は討ち取られていた可能性もあります。

廉頗曰く、籠城を選択した王翦の挙動は「己の命をこの戦争における秦軍の最上ととらえている」とのこと。

確かに廉頗の言うとおり、王翦は蒙豪の副将でありながら蒙豪の命を守ることはせず、自分が生き残ることを第一に考えていたように見えます。

かつての昭王の時代から危険人物とされ、表舞台で名前が出てこなかった王翦。

自分が王様になりたい”という野望があるからだそうですが、真意は分かりません。

しかし、この築城という策から考えられるように、王翦は自分が山陽で廉頗に討たれるよりも、蒙豪が討たれた方が後の秦軍にとって価値があると考えていたのではないでしょうか。

廉頗の言うとおり、少し歪んでいるように思えます

 

まとめ

キングダム・新六大将軍の中でも、未だに信頼できない王翦。

廉頗との戦いで築城せずに戦っていたら、王翦は犠牲になっていたかもしれませんが、蒙豪が背を討たれるようなこともなかったはず。

物語が進んでも何を考えているのか分からないことも多い中、初登場での戦いを見ていくとやはりまだまだ危険人物と言えそうです。

果たして廉頗戦で築城した理由は、自分が負けないためだったのでしょうか…。

李牧に匹敵する戦略家として、山陽戦で王翦が負けないことは秦軍にとって重要だったのかもしれません。

とはいえ自将の蒙豪を犠牲にしていい理由にはならないですよね!

まだまだ続くであろうキングダムの中で、王翦の真意が明かされることを待つばかりです!