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李信はキングダム信のモデル?将軍で史実に実在した?

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コミックス累計発行部数8000万部(2021年4月現在)を超える大人気漫画キングダム。

キングダムは史実に基づいて構想が練られているので、当然ですが実在した人物が登場しています。

そこで今回は、主人公 信(しん)のモデルについて、考察してみました。

読者の間では、史実に記されている李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルなのではないかと話題になっていてますね。

信(しん)は実在した人物なのでしょうか?

史実に記されている人物だとすると、どんな人物なのか?

ウワサどおり信(しん)のモデルは、李信(りしん)将軍で間違いないのか?

次々と疑問が湧いてきます。

キングダムを読み解くうえで、史実が重要な手がかりとなるのは言うまでもありません。

史実を調べて主人公 信(しん)のモデルについての考察をまとめましたので、ぜひ ご覧ください。

 

李信はキングダム信のモデル?

キングダムの舞台は紀元前の中国で「春秋戦国時代」と呼ばれる戦乱の時代の史記をもとにしてストーリーの構想がたてられています。

そのため、キングダムには実在した人物が多数登場!

始皇帝 嬴政(えいせい)、秦(旧)六大将軍 王騎(おうき)、秦大将軍 麃公(ひょうこう)、秦(新)六大将軍 楊端和(ようたんわ)、趙(新)三大天 李牧牧(りぼく)などは、実在した人物としてよく知られていますね。

ちなみに楊端和(ようたんわ)は、史実では男性なんだとか(驚)!

また、史実では存在しないオリジナルのキャラクターも多数登場しているキングダム。

漂(ひょう)、河了貂(かりょうてん)、渕(えん)、楚水(そすい)などのオリジナルキャラクターは、漫画の面白味を増す大切な役割を担っていますね。

このように、史実に実在した人物とオリジナルキャラクターが混在して登場するキングダムですが、主人公 信(しん)はどうなのでしょうか?

実在した人物なのか、オリジナルのキャラクターなのか気になりますね。

読者の間では、史実に記されている李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルなのではないかと言われていますが、真相はどうなのでしょうか。

信(しん)のモデルについて考察していきます!

 

李信とは?

 

鄴攻略編で龐煖(ほうけん)を討ち取り咸陽に凱旋した信(しん)に嬴政(えいせい)は、「将軍になる前に姓が必要だ」と言いました。

実力と功績が認められ、いよいよ将軍になるときがきたのです。

下僕出身の信(しん)は姓など持っていません。

「姓を与えるから何がいいか考えろ」と言われ、姓を考えることになります。

そこで思い浮かんだのが「李」です。

同じ夢を誓った亡き友 漂(ひょう)が嬴政(えいせい)の影武者として王宮に仕官していたときに李漂(りひょう)と名のっていたことから、漂と同じ「李」にしたいと考えたのです。

ちなみに、信(しん)と同じ下僕出身の漂(ひょう)は嬴政(えいせい)の影武者となることで姓を与えられたのですが、姓を思案している時に嬴政が李(すもも)を食べていたことから「李」と決めていました。

信(しん)が李信(りしん)となることで、死に際に「俺を天下に連れて行ってくれ」と言った漂(ひょう)の想いに答えているようで胸が熱くなりますね。

 

キングダム主人公・信のモデル!

641話で信(しん)が李信(りしん)と名を改めました。

そこで、思い出していただきたいのが、第1話の最初の場面です。

第1話の1ページ目には将軍とおぼしき凛々しい青年の横顔が描かれていて、周囲の兵から「李信将軍」と呼ばれています。

同じく第1話の2~3ページ目で将軍と思われる青年が手にしているのは、信(しん)が王騎(おうき)から譲り受けた矛ではありませんか!!

もう お気づきの人も多いとは思いますが、第1話で「李信将軍」と呼ばれていた青年が信(しん)だったのです。

 

李信は将軍で史実に実在した?

信(しん)が李信(りしん)と名のるようになり、第1話で「李信将軍」と呼ばれていた人物が信だったということになると、気になるのは李信(りしん)将軍のことです。

史記には、李信(りしん)将軍の名前が記されているので、李信(りしん)将軍が実在した人物であったことがわかります。

李信(りしん)将軍がどういう人物だったのか興味が湧きますね。

姓名が一致したことにより、史実の李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルなのではないかと、ウワサになっていたのでしょう。

史実の李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルで間違いないのか、史記を調べて検証してみましょう。

 

李信は史実に実在?

キングダムを考察するとき、史実は重要な手がかりになります。

そこで、信(しん)のモデルと言われている李信(りしん)将軍について、史実を調べてみました。

史記を見てみると、李信(りしん)将軍の名前が登場するのは、紀元前226年~221年。

李信(りしん)将軍は、秦国の将軍です。

史記に記されている李信(りしん)将軍の功績をいくつかあげてみましょう。

 

  1. 始皇帝の暗殺を企てた燕国の太子 丹(たん)を討ち取った。
  2. 趙国王族の生き残りの太子 嘉(たいし か)をとらえて討ち滅ぼした。
  3. 六国最後の一国 斉を王賁(おうほん)と共に攻め滅ぼした。

 

秦国のために働いて功績を残したことがわかりますね。

また、李信(りしん)将軍には、敗北の記録も残されています。

秦王 贏政(えいせい)の命令で楚征伐のため、蒙恬(もうてん)将軍と共に出陣したものの、楚の大将軍 項燕(こうえん)に敗北。

史記に残るほどの大敗北で兵の大半を失ったようですが、李信(りしん)将軍も蒙恬(もうてん)将軍も生きのびています。

李信(りしん)将軍の最期については記録がないので、はっきりしたことはわかっていませんが、紀元前206年の秦国滅亡のときの戦乱で戦死したと考えられています。

李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルか?という観点で見てみると、秦国の将軍として史記に名前が載っている年代と功績からみて、信(しん)のモデルと考えて間違いなさそうです。

 

天下の大将軍に上り詰めていた?

李信(りしん)将軍が史実に名を残した将軍であるということはわかりましたが、大将軍に上り詰めていたかどうかも気になりますね。

史記を見ても李信(りしん)将軍に関する記述は少なく、詳しいことがわからないのが実情です。

出生や最期についても不明で、始皇帝 嬴政(えいせい)や秦(旧)六大将軍 王騎(おうき)と比べると情報が少ない人物なのです。

李信(りしん)が王賁(おうほん)と共に六国最後の一国 斉を滅ぼしたとされているのが紀元前221年。

この働きが中華統一に大きく貢献したことは間違いなく、その功績により大将軍に任命された可能性は大いにあると思います!

しかし残念ながら、李信(りしん)が大将軍になったという記術はみつかっていません。

古い文献は火災などにより消失している部分もあり、歴史を完全に知ることはできませんが、そこに想像を巡らせることもまたロマンです。

 

まとめ

今回は、キングダムの主人公 信(しん)のモデルについて、考察してみました。

読者の間では、史実に記されている李信(りしん)将軍が信(しん)のモデルなのではないかと話題になっていましたね。

史実を調べてみましたが、信(しん)のモデルは李信(りしん)将軍と考えて間違いなさそうです。

実在した李信(りしん)将軍がどんな人物だったのか、ほんの少しですが紹介させていただきました。

史記を見ると李信(りしん)将軍についての記述は少なく、謎の多い人物という印象をうけました。

李信(りしん)将軍が謎の多い人物だったからこそ、原作の原泰久先生も自由に創作できたのかもしれません。

信(しん)の少年時代から始まったキングダムのストーリーも終章突入ということで、ますます目が離せませんね。

李信(りしん)と名を改め将軍となった信(しん)が、今後どんな活躍をするのか楽しみです。

キングダムは史実に基づいて構想がたてられているので、やはり史実が重要な手がかりになっています。

最後まで ご覧いただきありがとうございました。