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秦魏同盟史実との違いは?楚・什虎を攻めてない?

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長かった鄴攻略戦が終わり、キングダム60巻から秦魏同盟による什虎の戦いに入りましたね!

秦と魏が同盟を結んで楚を攻めるという、驚きの展開!

この一連の出来事は、史実との違いはあるのでしょうか?

気になる方も多いと思います!

この記事では、秦魏同盟の史実との違いを解説!

楚・什虎を攻めたのは本当だったのか、ご紹介します♪

 

秦魏同盟史実との違いは?

秦と魏が同盟を結ぶというのは驚きの展開でしたね!

これまでも何度も戦った相手であり、呉鳳明などは常に敵意剥き出しで襲い掛かってきていました。

果たしてどのような経緯で秦と魏は同盟を結ぶことになったのか

見てみましょう!

 

キングダムの秦魏同盟とは?

秦国は、鄴攻略の後趙の都邯鄲を目指していましたが、強固な防衛戦に苦戦、膠着状態が続きます。

状況を打開するため、昌平君の策は「3年間魏と同盟を結ぶ」というものでした。

長年の魏との確執から、同盟に応じるはずはないと秦の一同も難色を示します。

昌平君はこれに対し、「秦と魏が同盟を結んで楚の什虎を攻略し、成功した際には什虎を魏に明け渡す」という破格の条件で秦魏同盟を打診。

これに魏も呼応し、共同で什虎へ侵攻

什虎では満羽、千斗雲、玄右、寿胡王の4名が迎え撃ち、白麗、項翼も援軍として送り込まれます。

白麗好きなので再登場して嬉しい♪

一方秦魏同盟軍も蒙武、騰、呉鳳明、乱美白などの豪華なメンバーで攻め込みます。

井闌車も登場して、なかなかに派手な城攻めに。

呉鳳明の「すりつぶす!」カッコいい!!

激闘の末無事什虎を落とし、秦魏同盟の勝利で決着

 

秦魏同盟の史実との違いは?

キングダムでの秦魏同盟は以上のような経緯でしたが、果たして史実では秦魏同盟の事実はあったのでしょうか?

史実によると、紀元前235年に秦が魏を助けて楚を攻めたという記述があり、これがキングダムの秦魏同盟の元になっていると思われます。

ただし、史実とキングダムには違いがあり、史実ではキングダムのように什虎を攻めたという記述はありません

その頃、秦は趙との戦いに戦力を集中しており、魏も度重なる敗戦で弱体化していたため、大国である楚を本気で攻める体力はなかったと思われます。

秦にとっては背後から魏が攻めてくるのを防ぎ趙との戦いに集中するため。

魏にとっては自国単体で楚を攻めることができないので、秦の助けを借りるため。

お互いに同盟を結ぶメリットはありますが、楚の中でも重要拠点である什虎を攻めて返り討ちにあっては本末転倒です。

もし秦と魏がともに楚を攻めたとしても、大きな戦ではなかったのでしょう

パフォーマンス的な意味合いが強かったのかもしれないね!

また、史実では、秦魏同盟は成立しなかったという記述もあります。

これについては後ほど詳しくご紹介しますね!

 

秦魏同盟は楚・什虎を攻めてない?

キングダムでは秦魏同盟が成立し、楚の什虎へ攻め入りましたね!

什虎軍との戦いに騰軍、呉鳳明軍、項翼軍、白麗軍などの豪華なメンバーも加わった熱い戦が繰り広げられました!

ところが史実では、秦魏同盟は什虎を攻めていない、さらには秦魏同盟の成立すらなかったのでは?という説もあるのです。

それを主導したのは楚の李園

ここでは李園が秦魏同盟の楚侵攻をどう防いだのか、解説します!

 

史実では李園が暗躍!

キングダムでの李園といえば、楚の宰相です。

元は春申君の食客で、楚の考烈王に子どもがいないことに危機感を覚え、すでに春申君との子を身ごもっていた自分の妹を考烈王に嫁がせた人物。

これによって楚王の外戚となります。

考烈王の死後、王位継承をめぐって春申君と対立、春申君を暗殺してしまいました。

その後媧燐を味方につけ、媧燐とともに楚の宰相を務めています。

媧燐の軍事力や過去を把握する、なかなかの情報通!

なんと、この李園が秦魏同盟の不成立に暗躍しているという説があるのです!

 

秦魏同盟は楚・什虎を攻めていない?

前述のとおり、仮に秦魏同盟があったとしても、史実では大々的に戦を起こして楚と全面戦争を起こしたということはなく、キングダムの展開とは少々異なります。

また、什虎を攻めたという記述も、史実には見当たりません

なぜ秦魏同盟は楚を大きく攻めることができなかったのでしょうか?

そこで暗躍するのが先ほどご紹介した李園

史実によると、秦の辛梧という将軍が魏とともに楚を攻めようと兵を集めて準備していましたが、その辛梧に対して李園が楚を攻めることのデメリットを説きます

かつて、秦の将軍が趙とともに燕を攻めましたが、燕は呂不韋に10城を賄賂として送り、呂不韋は心変わりをして秦の矛先を燕から趙へと変えてしまいました。

呂不韋はその燕を攻めた将軍を、責任を取らせ殺害したという過去があったというのです。

李園は、もし楚を攻めるのであれば、過去にあった出来事と同様に秦へと賄賂を贈り、辛梧の秦での立場を悪くすると脅しました。

なかなかひどい…

秦にとっても、その頃は趙を攻めることに力を注いでいる時期。

大きく兵を動かして楚を攻めることにはリスクがあったのでしょう。

これによって、史実では秦魏同盟軍が楚へと侵攻してくることを未然に阻止したのでした。

楚にとっては、秦魏同盟に本気を出されたくなかったんだね!

 

まとめ

秦魏同盟の史実との違いについて解説しましたが、いかがでしたでしょうか?

キングダムでは什虎で熱い戦いが繰り広げられましたが、史実では秦魏同盟は結成されたものの楚を大きく攻め込むことはなかったという違いがありましたね!

什虎を攻めたという記述がないというのは意外でした!

キングダムでは、終盤にかけて強大な敵になるのメンバーの顔見せ的な意味合いもあったのかもしれませんね!

今後の活躍もますます楽しみです♪